6月末、市から一通の封書が届いた。
「8月から、長男の保育時間が短くなります」
理由は、妻が育児休業中だから。第二子が生まれて妻が家にいる。だから上の子を長い時間預ける必要はない——制度としては、そういう理屈である。
ちょっと待って、
妻は「家にいる」のではない。生後4ヶ月の乳児を育てている。
結論から書くと、我が家はこの決定に対して申立書を提出し、長男の保育標準時間(通常保育)の継続を勝ち取った。7月上旬にオンラインで申請し、7月末に「認める」との通知が届いた。
この記事は、資格を3つ取って副収入はゼロという中小企業診断士パパ(宅建士・行政書士でもある。沖縄在住)が、実際に提出した申立書の中身と、なぜそれが通ったのかを全部公開するものだ。同じ通知を受け取って「仕方ないか」と諦めかけている人に届けばと思う。
先に断っておくと、これは裏技でも抜け道でもない。申立は市が自らホームページで案内している正規の手続きであり、制度が最初から用意している出口である。私がやったのは、その出口の場所を調べて、通れることを説明しただけだ。
何が不合理だったのか——「育休中なら迎えに行ける」という前提
我が家の状況を先に書いておく。
・夫(私):勤務は8時30分〜17時。定時で上がっても短時間保育の終了時刻には間に合わない
・妻:第二子(生後約4ヶ月)の育児休業中
・長男:4歳児クラス
・自家用車は1台のみ。私が通勤に使っている
つまり長男が短時間保育になった場合、迎えに行けるのは妻しかいない。そして妻には使える車がない。
徒歩なら片道約30分。しかも自宅周辺は急勾配で、ベビーカーを押して歩くには決して優しい道ではない。それを、生後4ヶ月の乳児を連れて、毎日。沖縄の夏の日中に。雨の日も。
「育休中なんだから迎えに行けるでしょう」という前提は、乳児を抱えた母親の移動コストをゼロと見積もっている。ここが不合理の核心だった。
ちなみに妻はこの通知を見て「診断士の知識をここで使わずにいつ使うんだ」という形相をしていた。我が家の重要な意思決定は、だいたい妻が主導する。
諦める前に知っておくべき2つのこと
その1:例外規定は、たいてい自治体のHPに書いてある
まず知ってほしいのは、「育休中は短時間」は絶対のルールではないということだ。
私が住む那覇市の場合、市のホームページにこう書かれている。
(Q&Aより)
「自家用車が1台しかなく、これを一方の保護者が通勤に使用し、もう一方の保護者は園への送迎に公共交通機関を利用しなければならない」などの理由により、標準時間利用変更の申し出がある場合は認めております。
後半が例外の例示である。つまり市は「こういう場合は標準時間を認めますよ」と自分で公開している。徒歩送迎についても「自宅と施設との距離により、送迎に要する時間や体力的な負担があると判断できる場合には」変更が認められうる、と書かれている。
我が家の状況は、この例示にほぼそのまま当てはまっていた。だから主張できると判断した。制度に不満をぶつけるのではなく、制度が認めているロジックを使う。これが出発点になる。
ついでに書いておくと、例外の条件を具体例つきで公開している自治体は、実はありがたい。「相談してください」とだけ書かれていたら、こちらは何を主張すればいいのか分からない。基準が見えているからこそ、当てはまるかどうかを自分で判断できる。この点は那覇市に感謝である。
その2:自治体によって扱いが違う。しかも「変えた」市がある
もうひとつ、知っておくと視野が変わる事実がある。
育休中の保育時間の扱いは、自治体によって真逆になることがある。
那覇市が「原則、保育短時間」としている一方で、隣接する浦添市は、令和8年度から育児休業を事由とする場合も「保育標準時間」認定に変更している(同市ホームページの保育必要量の一覧表に「※1 令和8年度より保育標準時間認定になります」と注記。2026年7月確認)。
同じ沖縄本島の、車で20分ほどの距離にある2つの市で、扱いが分かれている。そして重要なのは、浦添市がもともとそうだったのではなく、制度を変えたという点だ。
これは「隣の芝生が青い」という話ではない。この種の運用は、変えられるということの実例である。今まさに短時間の通知を受け取った人にとっては、自分の自治体を確認する動機になるはずだ。
補足:諦めた人は、月8,000円ほどを払っている
短時間保育になっても、延長保育料を払えば従来と同じ時間預けることはできる。ではいくらかかるのか。那覇市の電子相談システム(市民からの相談と市の回答を公開しているページ)に、実額が載っている。
(市の回答)延長料金については各施設の歳入として計上されますが、人件費や光熱水費等の必要経費として賄われていると考えております。
つまり、同じサービスを受け続けるために月8,000円ほどの追加負担が発生する。年間にすれば10万円近い。
私の周りでも申立をしたという話はあまり聞かない。「お金で解決できるから」と割り切って諦めている人が多い印象だ。市の相談ページに同じ悩みが投稿されているということは、困っているのは我が家だけではないということでもある。
申立書が通った「6つの型」——実際の文面を公開する
ここからが本題である。実際に提出した申立書から、効いたと考えられる6つの型を抜き出した。書式は市の指定様式だったが、「別紙参照」として飛ばし、別紙A4×2枚で詳述する形にした。これが有効だったと感じている。
なお以下の引用は、個人が特定されうる固有名詞(駅名など)を伏せたうえで掲載している。
型1:まず相手の原則を認めてから入る
冒頭の一文である。ここで市の立場を先に肯定している。
申立というと「おかしいじゃないか」と抗議から入りたくなるが、それをやると読み手にとって「面倒な人」になる。まず制度を理解していることを示すと、相手は身構えずに中身を読める。交渉の入口として、この一文の効果は大きいと分析できる。
型2:相手のホームページを根拠にする
ここが地味に効く。自分の理屈ではなく、市が自ら公開した基準を持ち出している。
市は自分のホームページに書いたことを否定できない。この一文を置いた瞬間、審査する側の仕事は「認めるか拒むか」ではなく「公開している基準に照らして当てはまるかどうかを確認する作業」に変わる。土俵を相手の側に移す、という言い方もできると思う。
型3:「記」で構造化する
別紙は次の6項目に分けて書いた。
1.家庭状況及び送迎体制
2.保育短時間認定となった場合の送迎困難性
3.公共交通機関利用の代替可能性の検討結果
4.体力的負担及び安全面への影響
5.保育標準時間認定の必要性
6.合理的理由該当性について
感情のままに書くと、どうしても「大変なんです」の繰り返しになる。項目を立てると、書く側は言うべきことの抜けに気づけるし、読む側は必要な情報を拾いやすい。
そして忘れてはいけないのは、担当者はこれを会議にかけるということだ。電話で問い合わせた際にも「可否は会議で決めるので時間を要する」と説明された。ならば、会議で説明しやすい形に整えてあげるのが最短ルートになる。
型4:審査側の反論を、こちらから先に潰す
6項目のうち、最も効いたのはおそらくこれだと考えている。
公共交通機関の利用についても検討しておりますが、自宅最寄駅まで徒歩(ベビーカーを押して)約8分、保育園最寄駅から園まで徒歩約10分を要し、これに加え待ち時間及び乗車時間が発生することから、総所要時間は徒歩による送迎と同程度となります。
また、乗降時や混雑状況を踏まえると、生後間もない乳児を伴う移動としては安全面及び体力面の負担軽減にはつながらない状況です。
審査する側は必ずこう考える。「モノレールを使えばいいのでは?」
その反論を、こちらから検証して先に潰しておく。しかも数字で。駅まで8分、駅から園まで10分、そこに待ち時間と乗車時間が乗るので結局は徒歩と変わらない——こう書かれていると、審査側は「代替手段があるのでは」という論点を消さざるを得ない。
診断士試験の二次試験でも、都合のいい情報だけ並べた答案は評価されない。反対側の可能性を検討したうえで結論を出す形にすると、説得力が跳ね上がる。同じことだと分析できる。
型5:感情語を捨て、数字と事実だけで書く
申立書には「かわいそう」「つらい」「理不尽だ」といった言葉を一切使っていない。代わりに置いたのは、こういう記述である。
感情で書くと「主観的につらい話」になる。数字で書くと「客観的に困難な状況」になる。審査する側が判断材料にできるのは後者だけだ。
言い換えると、自分の状況を「かわいそうな話」から「要件に当てはまる事実」へ翻訳する作業である。ここは行政書士の勉強がそのまま活きた部分だと思う。
型6:最後に、相手の例示へ自分の事実を当てはめる
そして締めがこれである。
市が示した基準(ルール)に、我が家の事実を当てはめて、結論を出す。法律の勉強でいうあてはめそのものである。
ここまでの5つの型は、すべてこの最後の一文のための準備だったとも言える。ルールは相手が出している。事実はこちらが証明した。だから結論はこうなるはずです——という形に持ち込めれば、判断する側に残された選択肢は多くない。
AIをどう使ったか——「弁護士が作成するように」
この申立書は、AIとの壁打ちで作った。ただし丸投げではない。実際にやったのは次のようなことだ。
1)材料を全部列挙する
0歳児の育休中であること、車が1台しかないこと、モノレールでは不便なこと、自宅周辺が急勾配であること、道路事情がベビーカーに優しくないこと——事実をとにかく並べた。
2)役割と形式を指定する
指示の肝はここだった。「通常保育獲得に向けた申立書を作成して。弁護士が作成するように、項目立ててロジカルな文章で」。「いい感じに書いて」ではなく、誰として・どういう形式で書くかを指定する。出てくる文章の質がまるで変わる。
3)複数のAIで壁打ちする
Claude と ChatGPT の両方を使い、何度かやり取りして詰めた。片方に書かせて、もう片方に読ませて穴を探す、という進め方である。
AIが得意なのは形式を整えることと、抜けている論点を思い出させることだった。逆に、急勾配であることも、車が1台であることも、AIは知らない。材料を出せるのは当事者だけである。ここの分担を間違えなければ、AIはかなり頼りになる。
結果と、妻の一言
7月上旬にオンラインで申請した。那覇市は電子申請に対応していて、これは素直にありがたかった。
市とのやり取りは電話のみ。「合理的な理由と認められればOK」という感触は早い段階で得られたが、可否は会議で決めるため時間がかかると説明された。
そして7月末、封書が届いた。長男の保育標準時間、継続。
正直なところ、不安はほとんどなかった。ロジカルな文章にできたという手応えがあったからだ。ただ、通知を見た妻の一言は予想外だった。
「車が1台しかないことが、初めて役に立ったね」
そして、こう続いた。「初めて診断士や行政書士で学んだロジカルな文書作成が活きたね」
資格を3つ取って、副収入はゼロ。手当もつかない。ずっとそう言われ続けてきた男が、初めて資格らしい成果を出した瞬間が、保育園のお迎え時間の確保だった。
あなたの自治体で、明日できること
同じ通知を受け取った人が、明日から動けるように整理しておく。
ステップ1:自分の自治体はどうなっているか調べる
「(自治体名) 保育必要量」「(自治体名) 育児休業 保育短時間」で検索する。育休中も標準時間の自治体もあれば、原則短時間の自治体もある。ここが出発点になる。
ステップ2:例外規定があるかを探す
原則短時間の自治体でも、「合理的な理由があれば標準時間に変更できる」旨の記載があることが多い。そして具体例が書かれていることもある。この具体例こそが、あなたの武器になる。
ステップ3:自分の事実を、その例示に当てはめられるか検討する
車の台数、勤務時間、送迎にかかる時間、道路の状況、下の子の月齢。感情ではなく数字で書けるものを集める。
ステップ4:申立書を書く(本記事の6つの型を使う)
原則を認める → 相手のHPを根拠にする → 項目立てる → 反論を先に潰す → 数字で書く → 例示に当てはめる。この順番で書けば形になるはずだ。
もちろん、認められるかどうかは各家庭の事情と自治体の判断による。ただ「申立という制度が用意されていることを知らずに諦める」のと、「知ったうえで検討する」のとでは、話がまるで違う。
よくある質問(FAQ)
Q1. 育休中は必ず保育短時間になりますか?
A. 自治体によります。那覇市は「原則、保育短時間」ですが、隣接する浦添市は令和8年度から育児休業を事由とする場合も保育標準時間認定になっています(2026年7月確認)。まずはお住まいの自治体のホームページをご確認ください。
Q2. 短時間になったら、延長保育料はいくらかかりますか?
A. 那覇市の公開資料では、2時間分の延長で単純計算 月8,000円程度(20日×2時間)とされています。金額は自治体・施設により異なります。
Q3. 申立書に決まった様式はありますか?
A. 筆者の場合、市の指定様式がありました。ただし記載欄が限られていたため「別紙参照」として、A4×2枚の別紙で詳しく事情を説明しました。この方法が有効だったと感じています。
Q4. 申請から結果まで、どのくらいかかりましたか?
A. 7月上旬にオンライン申請し、7月末に結果の封書が届きました。約3週間です。可否は会議で決定するため時間を要すると説明されました。
Q5. 何が決め手になったと思いますか?
A. 市が自ら公開している「合理的な理由」の例示に、自分の家庭の事実を当てはめた点だと考えています。加えて、公共交通機関という代替手段を自ら検証して否定した章が効いたと分析しています。
まとめ:資格は、こういうところで効くのかもしれない
中小企業診断士も、行政書士も、宅建士も、取ったところで副収入は1円も増えなかった。手当もつかない。妻には資格マニアと揶揄される。
ただ今回、はっきりわかったことがある。資格の勉強で身についたのは、知識そのものだけで無く「筋の通った文章を組み立てる型」である。原則を認め、根拠を示し、反論を潰し、事実を当てはめる。あの型は、試験会場より役所への提出書類でこそ役に立った。
もっとも、我が家でいちばん評価されたのは資格ではなかったようだ。妻の第一声は「初めて車が1台であることが役に立った」である。3つの国家資格が、車の保有台数と並べて語られている。
それでもいい。お迎えの時間は、守られた。
最後にひとつだけ。この記事を書いておいて言うのも変だが、本当はこんな申立書、書かなくて済むのが一番いい。
浦添市が令和8年度から育児休業中も保育標準時間に切り替えたように、制度そのものは変えられる。乳児を抱えた親が片道30分歩く前提が実態と合っていないなら、一つひとつ申立で個別に救うより、前提のほうを見直すほうが早い。
だからこの記事の理想的な結末は、数年後に「もうこんな申立は不要になりました」と追記することである。それまでは、必要な人に届くところに置いておこうと思う。
同じ通知を受け取って、8,000円払うか諦めるかの二択で悩んでいる人がいたら、この記事を思い出してほしい。三つ目の選択肢は、たぶんあなたの自治体のホームページに書いてある。
(資格そのものの取り方については 中小企業診断士に独学合格した勉強法|一次一発・二次2年目の本音と教材 に書きました)


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